
2020年11月
御城印♬
姫路城〜♬
レトロ発見!
僕は古い物が好きだ。 かと言って骨董って感じでも無い。 だいたい今から50年位前の物。まぁ昭和な物って事。 もっと言えば、僕が子供の頃の物って事になる。 なぜかこの頃の物に囲まれていると心が穏やかになってきてリラックス出来るのだ。 まぁ、きっと僕は子供の頃幸せだったんだろう… こんなことを仕事で一緒になったアナウンサーの方に話したら「分かります。僕は子供の頃あまり幸せじゃなかったので、子供の頃の物を見るのは好きじゃありません。って言ってました… 人生さまざまである。 で小痴楽さんの真打披露公演に読売ホールのロビーで。レトロ見〜〜っけ!
ピンクの公衆電話♬ かわいい💕 誰が使うんだ!って感じだが、イイ! そういえば読売ホール自体が結構レトロなんだよね。 新しい物はキレイだけど、古い物には風情や風格がある。 落語家として中途半端に古い僕にもいつか風情や風格が身につくのだろうか〜?♬
カワイイぞ公衆電話♬
春風亭昇太
小痴楽さん。
ネタ帳!
皆さんご存知のとおり、楽屋には「ネタ帳」というものがあります。 当日はもちろん、それ以前の寄席や落語会で誰が何のネタをやったのが記録する帳面の事。 このネタ帳を見ることで前の人とネタが被らないようにしたり、前に出た落語家さんのネタの選び方で、その日のお客さんの状況もある程度推測出来る、楽屋にはなくてはならない物です。 ◎ ◎ ◎ で、このネタ帳が新しくなると誰かが帳面の上から「楽屋根多大宝恵」と書く。 僕が前座をやっている頃は、先代『桂文治」師匠が書いていた。 字が上手だからだ! 今日、国立演芸場で前座さんから、帳面が新しくなったから書いて下さいと、ネタ帳を出された… 断れない…これは断れないでしょう。会長なんだし… で書いてみました〜〜
書くの難しいよ。やっぱり文治師匠って字が上手かったんだなあ〜ちょっとネタ帳が軽い感じになったかなぁ。 しばらく国立演芸場ではコレが使われます。うう…かなり恥ずかしい〜〜
春風亭昇太
ブルースカイオーケストラ♬
赤崎神社楽桟敷
先日、長門市の「元乃隅神社」に行った事をブログに書きましたが、長門市に行ったのには訳があって、ココを見たかったんです。 この石垣。
またお城だろうって思ってませんか? ここは「赤崎神社楽桟敷」です。 写真の左上に写っている赤崎神社に踊りや芸能等を奉納するための場所なんですが、正確な年代は分からないのですが、江戸時代初頭頃から奉納芸能を見る為の桟敷が作られ始め、江戸末期から明治初頭に現在の形になったようです。 昭和30 年代までは芝居小屋なども作られていたそうで、まさに長門市の娯楽の殿堂だった場所。
摺鉢状の底が舞台です、この場所で音を出すと上まで良く通って音響的にはかなりイイのです。 スピーカー等で補助すれば、何か出来そうな気がしています。 うーん。面白そう! 春風亭昇太
ほぼ日のアースボール♬
我が家に地球儀が来た。 ボクの子供の頃は各家庭の5割位の確率で地球儀があった。 居間や客間の目立つ所に置いてあって、見つけると意味なくクルクル回して、ココが「ユーゴスラビア」とか「ソ連」とか、あの時代ならではの事を言って、賢くなったような気になっていたものだが、近頃あまり地球儀は見かけなくなった。 …と思っていたら我が家に「ほぼ日のアースボール」がやってきたのだ。 これが、凄かった!
地球儀には国境も国名も書いてないのだが、色々なアプリがあって、これをダウンロードしてスマホをかざすと国旗やら地域の情報が出てくる! 好きなのは「夜の地球」 かざすと青暗い地球に都市の灯りが浮かぶ。 アマゾンの奥地に小さく灯りを見つけると、ここにどんな人達が暮らしているのか、そしてその周りの暗い場所でも人が住んでいるんだろうなぁ〜なんて想って楽しい。
これ見てると、日本に産まれるなんて奇跡みたいなものだなあ…と思う。 日本に生まれたから落語やってるんだし…面白いなぁ〜 ◎ ◎ ◎ さあ、家に帰ってきょうは何を見ようか
春風亭昇太
バカ田大学なのだ!
晩生内1号チャシ〜♬
少し前になりますが、北海道の札幌と奈井江町の公演に行ってきました。 札幌から奈井江に向かう途中、公演まで時間があったので、奈井江の隣町、浦臼町の「晩生内(おそきない)1号チャシ」を観てきました。 これが凄く良かったです。
よく「北海道にはお城は無いでしょ」なんて言われますがそんなことはありません。 北海道にやってきた和人の城や「チャシ」と呼ばれるアイヌの人達が造ったお城があります。 祭祀の場所でもあったようで、お城と神社が一緒になったような特別な場所と言ったらいいでしょうか。(このあたりは個別のチャシで様々なようで、チャシの定義について正確に書くことは難しい) 本州では長い間戦乱が続いたので、築城技術の蓄積によってテクニカルな城が沢山あるのだが、それに比べるとチャシは城としての造りが甘い。つまり比較的平和に暮らしていたのかな?とは思うのだが、アイヌの伝承などでは、他所のアイヌが襲いに来てチャシに逃げ込んだ。というような話もあるので、やはり城のような防衛拠点は必要だったんだろう。
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で「晩生内1号チャシ」なんですが、尾根道を行くと、コースを遮るように小さな切岸のような斜面。さらに進むと尾根道を2本の堀切と土塁で曲輪の前後を遮断して いる。 縄張図だけ見ると本州の山中にある小規模城郭のようで、今まで見た北海道のチャシと雰囲気が違う。 一応「丘先式」というチャシの形に分類されるようだが〜〜? 近くに「晩生内2号チャシ」があって、ここも1号チャシと似た造りでぜひ行って見たかったのですが装備不足で断念。近くの「鶴沼チャシ」に行ってきました。 こちらは馴染みのチャシのイメージだったので、なおさら晩生内1号チャシの縄張りが面白かったです。 是非また見に行きたい!次は2号チャシだ!!
ねー、鋭い堀切です。これが先まで掘ってあって竪堀のように斜面の途中まで伸びています。
縄張図です。浦臼町郷土史料館の方にいただきましたよ。親切にしていただきまして、ありがとうございました!
春風亭昇太